読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

デザイナーの頭ん中

「滑走路のために」からブログ名変更しました

サラリーマンになりたくなかった

幼稚園時代

 

まず、僕の幼稚園時代の

すごく恥ずかしい話。

 

「将来大きくなったら何になりたい?」

という質問を度々されたこともあって、

自分は大きくなったら何かになると思った。

 

 

 

それは「宇宙飛行士」であり「サッカー選手」であり

「先生」であり「警察官」であった。

 

 

 

僕は「サラリーマン」という仕事があると勘違いしていた。

この勘違いが一体いつ、どの段階で発生したのかはわからぬ。

 

 

当時の僕の持論はこうだ。

 

「サラリーマン」は会社に行くのが仕事だ。

会社に行って、お金を造っている。(造幣)

そして、造ったお金を「お給料」として貰っている。

 

幼稚園生の僕は毎朝「サラリーマン」の父を

見送りながらベルトコンベアに乗せられた500円玉を

せっせと加工する姿を想像した。

 

 

f:id:andy0330:20170422234822j:plain

 

 

 

 

 

小学校時代

 

小学校になるとさすがにそこまで酷いことは考えなくなった。

自分の脳内イメージにあった「サラリーマン」は会社勤めの営業職だということがわかった。

しかし未だに「サラリーマン」が具体的に何をしているのかわからぬ。

 

 

 

僕がサラリーマンを想像するにあたって素材となる映像材料といえば

テレビしかなかったので、僕はテレビにある「サラリーマン像」を信じた。

 

f:id:andy0330:20170422235339p:plain

 

・スーツを着る

・満員電車に揺られる

・部長に叱られる

・クライアントに謝る

・深夜パソコンに向かってカタカタ文字を打つ

・会議に出る

・電車で色んなところに行く

・移動しながら電話をする

・名刺を交換する

 

だいたいこんな感じ。

「サラリーマン」は上のようなことをするのが仕事だと思っていた。

あるいは未だにそう思っている節がある。

 

僕は一度両親に「僕はサラリーマンにだけはならない」と断言したことがある。

親は相当ショックというか、「こいつすげえこと言ったぞ」みたいな顔をした。

たぶん今思えば彫刻家とか作家にでもなると思われたのだと考えられるけど

僕が言いたかったのは「ネクタイをしめて満員電車に毎日揺られて部長に怒られるのは嫌だ」ということだった。

 

 

そして現在、社会人

 

たぶん僕が今デザイナーとして働いているのは、

そういう意識があったからというのも大きいかもしれない。

子供の頃の思想ってばかにならない。

 

会社に営業の人はたくさんいるけど、

今でも僕は企業の営業職が具体的に何をしているのか完全には把握していない。

 

 

僕は企業勤めのデザイナーなので、

週5日、9時に出勤して18時に退勤する契約を結んでいる。

間に合わなければ残業をする。そして会社から給料をもらう。

 

僕は自転車で通勤しているので満員電車とは無縁だ。

デザイナーは私服OKなので毎日パーカーとか来て会社に行っている。

仕事は営業とやるのでクライアントからは怒られない。

部長に叱られたりというのもない。

 

 

 

 

つまりある意味、子供の頃の夢を叶えている。

こういう夢の叶え方もあるんだなと思う。

 

 

 

 

理想の働き方って人それぞれだと思うけど、

デザイナーという職種を選んだ僕の決め手は

こういうところから来ている。

 

 

 

おしまい

広告を非表示にする